進化機能解剖学8 脊柱の進化論

今回のテーマは脊柱である。

ヒトの脊柱は頸椎(7)、胸椎(12)、腰椎(5)、仙骨(1)、尾骨(1)という26個の椎骨から構成される。

直立二足歩行を獲得したヒトの脊柱の特徴は、頸椎、胸椎、腰椎の形態と動きがそれぞれ異なっているということである。

それ故に脊柱は複雑な動きを有しており、脊柱全体としての運動を定量的に簡潔に述べることは難しい。

ヒトの脊柱の機能解剖学は良書に譲るとして、今回は系統発生学的に脊柱の進化を述べていきたい。

ヒトの至るまでの進化の歴史で、どのようにして現在の形態と機能を持つようになったのかを知る意味はある。

脊椎動物の祖である魚類は、約4億6000万年前、古生代オルドビス紀中期に誕生したとされる。

初期の魚類には脊柱は無く、約4億1000万年前に登場したケイロレピスという魚類が脊椎を持つ初めての生物と言われている。

脊椎を持つことで流れに逆らう筋力を身に付け、ミネラルを貯蔵することが出来るようになった。

魚類の脊柱はほぼ直線で彎曲は無く、基本的には側屈運動のみである。

魚類が両生類に進化すると、足が生えたことで脊柱と腰帯を繋ぐ仙椎が分化し、仙椎より前を前仙椎、後ろを尾椎と分化していった。

(1)犬塚則久:ヒトのかたち5億年.東京、てらぺいあ、2001、P63より

陸に上がった両生類は陸から頭を持ち上げることが必要になり、この頃に頸椎の前弯が獲得された。

爬虫類になると、陸から体部を持ち上げることが必要になり、胸椎を後湾させることで体部の重さを脊柱で支持できるようになった。

頸椎の前弯と胸椎の後湾は哺乳類になってからも基本的に変わらず、ヒトを除く霊長類も同様の脊柱の湾曲を持つ。

(2)犬塚則久:脊柱と椎骨の形態学、spinal surgery 28(3)239-245,2014 より

直立二足歩行を獲得した類人猿の中でも、ホモ・エレクトスあたりから腰椎は前弯していった。

この腰椎の前弯は、膝の完全伸展の達成と同時に獲得されたと言われる。

(3)Kummer B. Biomechanik: Form und Funktion des Bewegungsapparates.: Dt. Ärzte-Verlag, 2004. より

個体発生は系統発生と類似するという反復説が正しいとするならば、魚類からヒトに進化するまでの脊柱の湾曲の変化をヒトの個体発生でも繰り返すはずである。

ヒトの個体発生における脊柱の湾曲の変化をここに示す。

(4)犬塚則久:ヒトのかたち5億年.東京、てらぺいあ、2001、P63 より

ヒトの胎児の脊柱は後湾から始まり、乳児期における首がすわると頸椎は前弯する。

そして、幼児期に直立すると腰椎は前弯していく。

ヒトの脊柱の個体発生は、ほぼ系統発生を反復していると言ってよいだろう。

脊柱の湾曲の他にも重要な点がある。

脊柱の動きは側屈、前後屈、回旋という三次元の動きで解析されるが、ヒトの複雑な脊柱の動きは系統発生の進化を時系列に並べることによってその意味を知ることが出来る。

まず魚類の脊柱の形態を次に示す。

(5)Comparative Vertebrate Anatomy Lecture Notes 2 – Vertebrate Skeletal Systems http://people.eku.edu/ritchisong/342notes2.htm より

魚類の椎間関節面は水平面とほぼ並行しており、これは魚類の脊柱が側屈運動に適してることを示している。

脊柱の動きの原型は側屈運動なのである。

次に両生類であるオオサンショウウオの骨標本を示す。

(6)イモリブログ(イモリ・サラマンダーの飼育日誌ブログ)http://blog.livedoor.jp/imoriblog/archives/cat_10037492.html より

両生類でも基本的には側屈運動が主体なのである。

次に爬虫類であるワニの骨格を示す。

(7)Now, on to Mesozoic Marine Reptileshttp://www.quantum-immortal.net/other/lecture2.pdf より

体部を陸から持ち上げたことにより脊柱の湾曲が両生類よりも顕著になっている。

捕食のための顎の運動は脊柱の前後屈を必要とすることから、側屈だけではなく前後屈の動きが獲得されていった。

哺乳類になると速く走るために四肢は直立し、爬虫類よりも脊柱の前後屈の動きは強化されていった。

チーターの走りなどは、脊柱の前後屈のバネを主体に走ることが観察できる。

脊柱の動きに関して、直立したヒトと四足歩行の哺乳類の違いは回旋運動の自由度にある。

ヒトは直立したことにより、視野を確保するために脊柱の回旋運動の自由度を上げる必要があった。

それゆえヒトは正中環軸関節という回旋可動域の高い関節を持つようになった。

(8)Frank H.Netter、相磯貞和訳(2004)「ネッター解剖学アトラス(原書第3版)」株式会社南江堂 より

こういったヒトに進化するまでの系統発生を振り返ると、ヒトの脊柱の形態と機能への理解が深まるであろう。

ヒトの椎骨の形態と機能は、頸椎、胸椎、腰椎によって異なっている。

(9)犬塚則久:脊柱と椎骨の形態学、spinal surgery 28(3)239-245,2014 より

椎間関節面の形態から、頸椎では回旋、胸椎では側屈、そして腰椎では前後屈の可動域が大きく、それからが協調して運動することにより脊柱の複雑な運動のハーモニーを形成していることが分かる。

脊椎動物の数億年の進化の歴史の中でも、直立二足歩行の歴史はまだ数百万年という短い期間である。

我々人間の脊柱は直立二足歩行という実験の途中であり、まだまだ発展途上の段階なのかもしれない。

現代人の脊柱の於ける機能障害の発生頻度の多さから考えると、そのように考えてみるのも妥当であろう。

現代人の生活様式や発達運動の不足などの理由から、現代人の脊柱は機能不全に陥りやすく、したがって適切な機能回復訓練が全人類的に必要とされている。

系統発生の間に用いられてきた脊椎の運動パターンを模倣していくことによって、ヒトの健全な脊柱の機能を取り戻していくことが、ナチュラリゼーションの目的である。

乳幼児の運動発達教育で多大な功績を残された斎藤公子先生が考案されたリズムあそびの「金魚運動」を参考にさせて頂きました。

いわゆる魚類の動きを模倣したワークになります。

参考文献

(1),(4)犬塚則久:ヒトのかたち5億年.東京、てらぺいあ、2001、P63

(2),(9)犬塚則久:脊柱と椎骨の形態学、spinal surgery 28(3)239-245,2014

(3)Kummer B. Biomechanik: Form und Funktion des Bewegungsapparates.: Dt. Ärzte-Verlag, 2004.

(5)Comparative Vertebrate Anatomy Lecture Notes 2 – Vertebrate Skeletal Systems http://people.eku.edu/ritchisong/342notes2.htm2019年7月19日アクセス

(6)イモリブログ(イモリ・サラマンダーの飼育日誌ブログ)http://blog.livedoor.jp/imoriblog/archives/cat_10037492.html2019年7月19日アクセス

(7)Now, on to Mesozoic Marine Reptileshttp://www.quantum-immortal.net/other/lecture2.pdf2019年7月19日アクセス

(8)Frank H.Netter、相磯貞和訳(2004)「ネッター解剖学アトラス(原書第3版)」株式会社南江堂

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