我々人間は、当たり前のように日々手を使っているが、これ程手を自由に使える事は、動物界に於いて特殊である。
手は魚の胸びれから進化したと言われ、動物界では用途は異なっても構造的には相同器官なのである。
霊長類の手は、他の哺乳類の手と比べて、飛躍的に複雑な機能を有している。
四足歩行から二足歩行への進化と共に手は自由になり、その複雑性を増していったと言えば、一般的には納得しやすいが、それ程単純なものではない。
肉食動物達から逃れるために、一部の哺乳類は木に登り、樹上生活を選択するようになった。
樹上で枝やつるをつたって移動することによって、指を曲げて掴むという手の新たな機能を獲得した。
そして、木に成る果実を引きちぎる為に、握るという機能をも獲得したのです。
しかし、霊長類の手の構造は似てはいるが、その形態はさまざまなのです。
霊長類の種類によって、生活パターンや食べ物も異なり、それに伴い手の形態も異なっています。
遺伝子的にヒトと一番近いとされるチンパンジーの手ですら、人の手とはかなり異なります。
チンパンジーは樹上でつるを伝う生活をする為、親指以外の四本の長い指でつるを引っかけて移動しています。
そして、地上に降りて四足歩行をする時は、ナックル歩行といって指を曲げて手を着くのです。
しかし、ニホンザルやマントヒヒは手のひらを着いて四足歩行を行います。
そして、我々ホモ・サピエンスの手の特徴は、長くて太い親指なのです。
道具は他の霊長類でも使いますが、ホモ・サピエンスは石器を握るだけではなく、握りながら硬い骨などを強力に叩く生活をしていたのです。
そのため、親指に強い圧が加わり太くなったと言われています。
いろいろな形の石器を握って、操れるように親指の他の指との対向性も増してきたとされています。
指の対向性とは、母指対立運動いう親指と他の指が向かい合う運動のことです。
他の霊長類も指の対向性を持ち合わせていますが、ホモ・サピエンスの比ではありません。
我々ホモ・サピエンスの手の特徴は、自由度が高く、しかも強力に使える親指と言えるでしょう。
それが故に、我々の手は、四足歩行で手を着くことを捨てた今、手の慢性的な硬化を背負わざるを得ないのです。
ナチュラリゼーションは、DNAの設計通りの野生的な体を取り戻すと謳ってきましたが、この手に関しては少し理想からはずれてしまいます。
ホモ・サピエンスは原始の頃から既に、手の硬化は宿命付けられていると考えられます。
手の硬化の解決策として、もう少し進化を遡って、四足で歩く霊長類の祖先の手にその答えを見出しています。
マントヒヒのように手のひらを着いて、手の硬化問題を解決し、母指対立運動によって人間らしい手を取り戻すというスタンスです。
では、手の解剖と機能について重要なところを解説します。
まず手関節を構成する骨の図はこちらになります。
注目すべきは、手関節は橈骨と関節しており、尺骨とは関節していない点です。
そして、手には4種類のアーチが存在します。
A 縦方向のアーチ B 横方向のアーチ(手根骨アーチ) C 横方向のアーチ(中手骨アーチ) D 斜め方向のアーチ
これらのアーチを形作る筋肉群は、手関節より遠位に起始停止する内在筋群である。
これら内在筋群は、手のひらをさまざまな形へと適応させる筋群である。
一方、各指を曲げ伸ばしする筋群は、手関節より近位から各指骨へと付着する外在筋群である。
日常での手の酷使により、外在筋優位の手になる傾向があります。
ナチュラリゼーションでは、退化する傾向が強い内在筋群の柔軟性と筋力増強によって、最適な手を回復させる目的があります。
もう一つヒトの手には、特徴的な機能が存在します。
それは母指対立運動を可能にしている、親指の自由度の大きさです。
親指の根本にある大菱形骨よ中手骨で構成される大菱中手関節は、鞍関節という自由度の高い関節になります。
鞍関節では、ほぼ360°の可動域を有し、それがヒトの親指の高い自由度を可能にしています。
他の霊長類には無いヒトの手の巧緻性は、この親指が可能にしていると言えます。
ナチュラリゼーションのワークにある母指対立運動と指クルクルワークは、ヒトのヒトたる所以とも言える、自由な手を回復させるワークであるのです。
参考文献
I.A.KAPANDJI、荻島秀男監訳(1986)「カパンディ関節の生理学1上肢」医歯薬出版株式会社
Frank H.Netter、相磯貞和訳(2004)「ネッター解剖学アトラス(原書第3版)」株式会社南江堂
中村隆一、斎藤宏、長崎浩(2003)「基礎運動学 第6版」医歯薬出版株式会社
島泰三(2004)「親指はなぜ長いのかー直立二足歩行の起源に迫る」中央公論新社